私の、20年前の 1月17日

20年前のその日の朝 午前5時46分 私は台所に立ち お弁当の準備をしていた。
その時 ゴォーという地鳴りがし それからグラッ ときた
慌ててガスの火や、湯沸しを止めた。あまりの揺れに
立っていられず、流しの前にしゃがみ込んだ。
そこへ子供の声が 「おかあちゃーん」   
こっちへ来て~ 

声の方へ、飛んで行った。主人は落ちてきたカメラ庫で
唇を切っていた。しかし 家族は 皆 無事であった。 
近所に住む主人の 両親も無事であった。
一人暮らしの母は、大丈夫だろうか? 心配になり
行ってみた。家は、全壊になっていた。 近所の人に、
助けられて 小学校に避難していた。
後から聞けば、両隣の家の方々も、亡くなられた
との事でした。

しかし神戸の街は、ライフラインは止まり、
公共交通機関 高速道路は倒壊、街が焼け野原に 
なった大惨事は、テレビで報道している通りに

通常の 日常生活が突然 奪われました。
いつ来てくれるかわからない水を求めて給水車を待ち
ガスは、数か月間 止まったまま… 
しかし 亡くなられた方の事を、思えばこんなこと位

それに信号も消えたまま しかし人々はお互いに
譲り合い、あの当時 事故はなかったと聞きました。

間一髪で災難から免れたことに感謝の念は尽きない。

20年経って、今 神戸の街は高層マンションが 増えた
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